米国金融緩和とドル安

 11月2~3日の米国連邦準備理事会(FOMC)で、米国の追加金融緩和が決定されることは確定的で、先行して米国や新興国の株式、原油や金などの資源が値上がりしています。一方、通貨としてのドルは、ほぼすべての通貨に対して弱含みであり、特に新興国通貨(中国元を除く)や資源通貨である豪ドルに対しては弱くなっています。

 これは、ドルを使ったキャリートレードが活発に行われている結果です。別にヘッジファンドだけがキャリートレードを行っているわけではないのですが、ヘッジファンドをはじめ、米国内外の投資家からみて、これが一番安全でかつ確実に収益があげられる取引のように見え、かつ実際に収益が上がっている取引なのです。確かに、どう見てもリスクがほとんどない、言い換えれば、損するはずがない取引のように見えます。

 実は、経験的に、こういうときは要注意なのです。

 まず、なぜ、損するはずがない取引に思えるのかを見てみましょう。ドルを使ったキャリートレードとは、以下のような取引です。

1)ドルを借りる。(まず、金利は短期で借りるとほぼゼロであり、さらに追加の金融緩和があるため、調達コストが急上昇することは絶対にない。つまりここで損をすることは絶対にないように思える。)

2)ドルを売る。(追加金融緩和があり、ドルがさらに世界的に供給されるので、需給関係からみてドルはさらに弱くなる。さらに米国は、通貨引き下げ競争は好ましくないと言って、日本などの当局の介入を牽制しているため、ドルが反発して買い戻すときに損をする可能性はほとんどないように思える。)

3)新興国や資源国の株式等の資産を買う、従って必然的にこれらの国の通貨を買う。(これらの国とは、中国、インド、ブラジル、アジア諸国、ロシア、オーストラリア、カナダ等。あと資源国でも新興国でもないが相対比較でドイツ、スイス。これらの国には、今後も資金が流入し続けるため、通貨も株式等の資産も値下がりする可能性はほとんどないように思える。)

 米国の投資家は、そもそもドルを持っているので、1)を除いて2)3)を行い、原油や金などの資源は基本的にドル建てなので、2)を除いて1)3)を行います。いずれにしても1)2)3)の全てが、損をする可能性が非常に少ない組み合わせのように見えます。ただ、こういう取引は全部とは言わないまでも、基本的に反対決済して利益を確保するための取引であり、特にヘッジファンドなどは、安全に見える取引に対しては、何倍もレバレッジを掛けて非常に大きなポジションを持っているものです。

 つまり、今回の米国の金融緩和に賭けるキャリートレードは、損をする可能性が非常に低く見えるため、すでにとんでもなく大きなポジションになっており、しかもみんな反対決済をして利益を実現化するチャンスをうかがっているのです。

 歴史的に見ても1997~98年のアジア危機、ロシア危機、それに続くLTCM危機(注)など、知らない間に積み上がった巨大な「損をするはずのない」ポジションが、何かのきっかけで反対決済が大きく入り相場が崩れだし、更なるパニック的な反対決済が入り、とうとう世界的な金融危機に至ったことがあるのです。

 まあ、いまでは当時に比べて、小さくて流動性の少ない市場に集中的に資金が流入しているわけではなく、またドルのキャリートレードが始まって、それほど長い期間が立っているわけではないため、パニックになる可能性はありません。

 しかし、米国金融緩和が実際に発表になったら、少なからずのポジションが反対決済になると思われ、ドルは一時的に反発すると思われます。日本の通貨当局も、もし勇気があるなら、このタイミングで10兆円(前回の介入額の5倍)ほど介入すれば、たぶん90円くらいまで戻ると思います。

 世界のヘッジファンドや投機家を大損させて、「日本をなめたら、えらい目に会う」と思わせておくことが今後のことを考えると必要なのです。また、「日本当局の方向についておく方が得策」と彼らに思わせれば、今後は彼らの巨額な資金を味方につけることができるのです。彼らに馬鹿にされたら、10兆円どころか100兆円投入しても、円高の流れは変えることができません。

 もちろん、円安になった方が日本経済のためにプラスなのは言うまでもありません。また、介入資金を吸収せず市場に放置しておけば、さすがに金融が緩み、株式市場や不動産市場にも資金がまわり、資産効果から景気浮揚もできるのです。

 それより、現在のドル安は、米国当局の「金融をゆるめ、市場にどんどん資金を放出する」という明確なサインを受けて世界中の投資家がドルを売っているからで、ここで日本も「介入資金を放置することにより、資金を市場にどんどん放出する」という明確なサインを出せば、ヘッジファンドなどの資金も円安の方向に誘導することができるのです。

 さらに、ここで円安になれば、外為証拠金取引で一生懸命ドルをはじめ外貨を買っている個人投資家を大儲けさせることができ、きっと消費も上向くはずです。

 要するに、言いたいことは、内外に明確なサインを出し、内外の資金を味方につけることが重要なのです。そして、今度の米国金融緩和のときこそが、最大のチャンスなのです。円安が国策にかなうかどうかは、やや難しい問題なのですが、少なくとも今の日本の閉塞感を打開するためのカンフル剤になることは確かです。

 ガイトナーさん(米国財務長官)には、「このままドル安になったら、1兆ドルも抱える外為特別会計が、損が大きすぎると言って蓮眆さんに事業仕訳で廃止とされてしまいます。そしたら二度とドルも買えなくなってしまいます」って、言えるくらいの人は・・・やっぱりいないですね。

(注)Long Term Capital Management というヘッジファンド。元ソロモンブラザースのトレーディングの責任者だったジョン・メリウエザーが創設し、ノーベル経済学賞受賞者や元FRB理事等を雇い、最強のヘッジファンドと言われた。しかし「損するはずのない」ポシションを十数兆円も抱えて破綻し、世界中の金融機関が大きな取引残高を持っていたため、パニックになった。結局、米国財務省、FRBが乗り出して債権団でもある投資銀行団が買収して鎮静化した。しかし底値で買い取ったポシションは結局かなりの利益をGoldmanをはじめとした投資銀行にもたらしたはずである。