井上工業架空増資事件

 11月22日に警視庁組織犯罪対策3課が、東証2部に上場していた「井上工業」(破産手続き中)の元社長ら5人を、金融商品取引法違反(偽計取引)などの容疑で逮捕したと発表しました。

 同時に、暴力団関係者が「井上工業」の増資によって発行された新株の一部を入手し、市場で売却して数億円の利益を得たとみられるとも報道されています。

 前者が警視庁による「正式発表」で、後者が今後の捜査に関する警視庁からの「リーク記事」です。

 まず、事件の概要を見てみましょう。

 2008年9月に「井上工業」が、投資事業組合(有限責任組合)を割当先とした1億5000万株(18億円)の第三者割当増資が全額払い込まれたと公表したのですが、実際は15億2000万円を「井上工業」が別の会社を経由して投資事業組合に支払い、さらに1億8000万円も「増資手数料」として直後に支払い(結局1億円しか手元に残らなかった)、さらに発行した新株1億5000万株を投資事業組合がすべて処分し、そのうちのかなりの部分が暴力団関係者に流れたとされているものです。

 そして、資金が1億円しか入らなかった「井上工業」は、ほどなく破産しました。

 投資事業組合側から見ると、外部から借りてきた2億8000万円と「井上工業」からの15億2000万円を合わせて払い込み、増資完了直後に「手数料」で1億8000万円「回収」したので実質負担が1億円に対し18億円の価値があった1億5000万株を取得できたため、仮に半値でタタキ売ったとしても9億円が手に入り、1億円を引いても8億円の「利益」となったのです。

 ただ実際は、その1億5000万株も投資事業組合に残らず、大半が結局その1億円を「用立てた」暴力団関係の金融会社や、さらにその金融会社から「取り返した」別の暴力団関係者が売却してしまい、結果的に暴力団関係者が「数億円の利益を得た」との報道になっているのです。

 ここで、「井上工業」・元社長らの逮捕容疑が金融商品取引法違反(偽計取引)となっているのは、「実際は1億円しか資本が入らなかったのにもかかわらず、18億円の資本が払い込まれたと虚偽の公表をして株価を維持・上昇させる意図があった」とされたからです。

 実際は1億円が入っただけで18億円に相当する株式を発行したことではなく、またその株が暴力団関係者に流れたことでもなく、「18億円の資本が払い込まれたと公表して、株価を維持・上昇させようとした」ことだけが逮捕容疑なのです。

 だから報道では、前日11円だった株価が、増資が完了した日に15円まで上昇したと「強調」されているのです。まあ実際は株価が上昇してなくても「株価の維持・上昇を図った」だけでも「偽計取引」になります。

 金融商品取引法違反(偽計取引)は10年以下の懲役もしくは1000万円以下の罰金です。

 しかしこの事件は2008年9月に発生し、当時から実際の資金がほとんどなく新株が発行された「架空増資」もしくは「不公正増資」であると考えられていたのですが、当時は証券取引等監視委員会が動かず、同じ時期に起こった同様のトランスデジタル事件(28億円の増資が払い込まれたはずが、翌日不渡りを出した)も、結局立件されたのは民亊再生法違反だけでした。

 あくまでも推測ですが、監視委員会の告発先である東京地検特捜部が「乗り気」でなかったからだと思います。「暴力団」は特捜部の担当ではないからです。

 結局、「井上工業」も「トランスデジタル」も、今まで株式市場で全く実績のなかった「新規参入」ブローカーが、資金繰りの苦しい上場会社に近づき増資を引き受けるも実際の資金源は暴力団関係者しかいないため、結局不正を行い会社も消滅してしまう「質の悪い増資」の「はしり」だったのです。

 何故それが、いまごろ事件化したのでしょう?

 今回は、警視庁組織犯罪対策3課(つまり暴力団対策)が証券取引等監視委員会と組んで摘発したおそらく最初の事件ではないかと思います。つまり警視庁が、現在の暴力団対策の流れの中で証券取引等監視委員会の力を借りて金融商品取引法違反で摘発したのです。

 証券取引等監視委員会は、今まで大阪府警の暴力団取締りの捜査4課と組んだ事例はあります(梁山泊やユニオンホールディングなど)。

 今度は暴力団対策の流れの中で、警視庁と証券取引等監視委員会の「思惑」が合致したのでしょう。