これも解説が必要な井上工業架空増資事件

 先週の12月13日に、東京地検井上工業の架空増資に関連して逮捕していた7名のうち、井上工業の元社長室長ら4名を金融商品取引法違反(偽計)で起訴しました。残る井上工業の元社長ら3名は関与が希薄として不起訴となりました。

 これだけでは、何が問題なのか良く分からないので解説します。

 事件の詳細については11月24日付け「井上工業架空増資事件」と12月2日付け「井上工業事件はどうなっている?」にかなり詳しく書いてありますので繰り返しませんが、要するに当時東証2部に上場していた井上工業が、実質3億円しか払い込まれていないのに18億円もの新株を発行し、しかもその新株の大半が暴力団に流れて資金化され、結果的に井上工業も破綻したものです。

 問題が2つあって、まずあきれるほど大胆で典型的な架空増資であることと、不正に発行された新株の大半が暴力団に流れて資金化されたことです。しかし問題の増資のあった2008年9月直後から2つとも公然の事実と囁かれていたのですが、なぜか全く事件化しませんでした。

 全く同じころに当時ジャスダック市場に上場していたトランスデジタルが、やはり合計31億円もの新株予約権が行使された翌日に不渡りを出して民事再生を申請しました。これも会社の資金を循環させて新株予約権の行使代金にしていたことと、その新株の大半が暴力団に流れていたことなど全く同じ構造だったのですが、わずかに組織犯罪対策本部が本当にどうでもよさそうな民事再生法違反で4人を逮捕しただけでした(全員が執行猶予)。

 両事件とも、あきれるほど大胆で典型的な架空増資であることと、しかも暴力団組織に多額の資金が流れていたことなど、およそ先進国の株式市場にあってはならない事件で、証券市場の監視役であるはずの証券取引等監視委員会も、その告発先である東京地検特捜部も、何をさておいても真っ先に摘発しなければならない事件であったはずです。

 これこそ、国際的に日本の経済や株式市場への信用を棄損するものだからです。 

 まあ、両事件ともあまりにも明白な架空増資であったので「捜査」する必要性も感じなかったのか、それとも暴力団がかかわっていそうなので敬遠したのか知りませんが、3年以上も放置されたままだったのです。

 そこへ、たまたま暴対法強化の流れの中で警視庁組織対策本部によって事件として「選ばれた」のです。井上工業はその昔、田中角栄も勤めていたような名門企業であったため「宣伝効果」も抜群だと考えられたのでしょう。

 そこへ、証券取引等監視委員会が協力することになったので、今度こそ「あきれるほど大胆で典型的な架空増資」と「その新株の大半が暴力団に流れて換金された」が両方とも摘発されるのかと一瞬は期待してしまいました。

 特に、井上工業事件では僅か3億円の資金(実際は、払い込み直後に1億8000万円に報酬も受け取っているため1億2000万円の資金を出しただけ)で18億円の新株をすべて手に入れた組織と、井上工業から「依頼」されて大半を取り返したものの当然井上工業に返却しなかった別の組織がいて、さらにその間を取り持ったブローカーがそのまた大半の新株を持ち逃げしたままという構造なのです。

 しかし、証券取引等監視委員会主導で逮捕された7人の容疑は、「井上工業が大半の資金を自社で払い込んだ典型的な架空増資の行為そのもの」や「その不正に発行された株券が暴力団に流れ換金された」ことではなく、あくまでも「増資の資金が不正に払い込またという情報を秘し、増資が正当に払い込まれたという虚偽の情報を開示し、株価の維持・上昇を図り株券の売却を有利に行おうとした」という「偽計」なのです。

 「偽計」は上場会社である以上、実行行為である「増資払い込み」のIRは絶対に出ているため、立件が非常に簡単で証券取引等監視委員会「お得意」の容疑なのです。

 確かに起訴された4名の「罪状」もこの「偽計」でしたが、井上工業の当時の社長は「関与が希薄」だったそうで不起訴になっています。15億円もの資金が自社の新株発行の払い込みに使われていたのを「知らなかった」というより、株価の維持・上昇を図る意図が希薄だったということのようです。変ですね。

 まあ、証券取引等監視委員会としては警視庁組織対策本部に協力して「起訴」までも持ち込んだのですから一応責任は果たしたのでしょうが、「先進国の株式市場にあるまじきあきれるほど典型的な架空増資」や「その新株の大半が暴力団に流れて換金された」という日本の株式市場の根幹を揺るがすような2つの重大問題については、全く何の解決にも予防にもなっておらず、類似の事件が起こる恐れが残されたままなのです。