ローマ教皇・ベネディクト16世の辞任

 本日は、北朝鮮の地下核実験もあったのですが、この話題です。

 全世界12億人カトリックの総本山・ローマ教皇庁トップのベネディクト16世が、2月末で辞任すると発表しました。高齢(85歳)が理由ですが、生存中の辞任は非常に珍しく600年ぶりとも言われています。

 2005年4月19日に、死去したヨハネ・パウロ2世の後任としてローマ教皇に選ばれており、8年弱と比較的短い在位だったことになります。

 さっそくいろいろな陰謀説も囁かれていますが、今回は生存中であり、1978年に就任後33日で「病死」したヨハネ・パウロ1世のような、重大な疑惑は何もありません。2011年2月1日付け「バチカン銀行の闇 その1」、同年2月2日付け「同、その2」に書いてあります。

 しかしイエス・キリストの使徒ペテロから数えて、約2000年・265代も続くローマ教皇(法王とも言います)が交代するわけで、それなりに重大イベントとなります。

 規定では教皇が空位となってから15~20日以内に新教皇を選ぶことになっており、世界中に約120人いる80歳未満の枢機卿バチカンに集まり、完全秘密選挙「コンクラーヴェ」で新教皇が選ばれます。

 日本人の枢機卿は、2007年に濱尾枢機卿が亡くなってからは空席のままです。

 コンクラーヴェは立候補するのではなく、全枢機卿の3分の2以上の支持を集めた枢機卿が出るまで何度でも行われます。投票用紙はその都度焼却され、その時に出る煙が白だと新教皇が決まった知らせとなります。

 また教皇が空席の間は、前教皇があらかじめ指名しておいた枢機卿(カメルレンゴ)が教皇代行を務め、また葬儀も取り仕切ります。

 ベネディクト16世はドイツ人で、歴代の教皇は全員がイタリアなどの欧州出身者です。しかし現在は最大のカトリック信者がいるのは南米で、今回は初めて欧州以外出身の教皇が出るのではないかとも言われています。

 ベネディクト16世は、カトリックのトップとして当然ですが、プロテスタント東方正教会には厳しい態度を見せる一方、イスラム国トルコのイスタンブールを訪問し、ブルーモスクに足を踏み入れています。

 また歴史的な事件として、1307年10月13日に時のローマ教皇・クレメンス5世が、フランス王・フィリップ4世の圧力を受けて、ジャック・ド・モレー以下の「テンプル騎士団」を異教徒として一斉検挙し、異端審問で有罪として処刑してしまっていました。

 フィリップ4世は「テンプル騎士団」の膨大な財産を奪おうとしていたことと、もともと755年にフランス王室・カロリング朝ピピン3世が広大な教皇領を寄進していてローマ教皇に対しては強い立場だったことと、特にクレメンス5世はフィリップ4世のおかげで教皇になれたことなどからの「暴挙」でした。

 因みにこの1307年10月13日が金曜日だったので、今でも「13日の金曜日」は不吉と言われているのです。

 ベネディクト16世は、これらの審問記録を精査させ、2007年10月に700年ぶりに「テンプル騎士団」の名誉を回復しています。

 もっとも、何と18世紀まで続いた魔女裁判なども、すべてローマ教皇の異端審問の「判決」によるものなので、もっと名誉を回復しなければならないケースも多いはずです。

 さて、このピピン3世の寄進した広大は教皇領が、長くローマ教皇庁の経済的基盤を支えてきたのですが、徐々にイタリア政府に奪われてしまいます。

 そして1929年にムッソリーニと、時のローマ教皇・ピウス11世との間でラテラノ条約が結ばれ、イタリアはバチカンの独立と、水道・電気・警察などのサービスの提供と、教皇領の代わりに9億4000万ドルを支払う合意がなされます。

 つまりローマ教皇庁は莫大な現金を手にし、それをもとに宗教事業協会(通称・バチカン銀行)が設立されます。

 このバチカン銀行こそ、数多くのスキャンダルの宝庫で、今も闇に包まれているのですが、紙面の関係で次回にします。