ローマ教皇・ベネディクト16世の辞任  その2

 昨日の続きです。

 ベネディクト教皇の辞任は、発表通り「高齢」によるもので背後に複雑な事情はなさそうですが、宗教事業協会(通称・バチカン銀行)を巡る「きな臭さ」は残っています。

 昨年5月24日に、このバチカン銀行の総裁であるエットーレ・ゴッテイ・テデスキ枢機卿が解任されました。表向きの理由はテデスキ総裁の「能力不足」とされていますが、もちろんそんな単純なものではなく、後任もいまだに発表されていません。

 バチカン銀行には常にマネーロンダリングの噂がついて回り、最近では2009年と2010年に2回にわたってイタリア財務警察が捜査しており、合わせて2300万ユーロ(当時の為替で26億円)を差し押さえていました。

 バチカンはれっきとした主権国家(独立国)なので、イタリア当局は直接捜査を出来ないのですが、この件に関してはバチカン銀行がイタリアのクレーディト・アルティジャーノ銀行からフランクフルトのJPモルガン・チェース銀行など2行に「依頼人の名前を明らかにしないで送金しようとした」として、報告を受けたイタリア中央銀行がイタリア財務警察に通報していたものです。

 典型的なマネーロンダリングですが、結局はイタリア財務警察も国家主権の壁に阻まれ捜査が進展せずにうやむやとなり、2300万ユーロの差し押さえも解除されています。

 また昨年3月にはJPモルガン・チェース銀行ミラノ支店が、バチカン銀行の口座を「送金活動の疑問点について説明を求めても対応不能である」との理由で閉鎖しました。2009年の口座開設以来15億ドルもの「説明を求めている」送金があったようです。

 テデスキ総裁は、これらの時期にその職にあったわけです。

 さらに同総裁解任の翌月には、教皇ベネディクト16世の執務室から「機密文書」が大量に盗み出された件で執事1人が逮捕されました。これはバチカンNo2の国務長官・タルチジオ・ベルトーネ枢機卿の「追い落とし」を画策したものとも言われています。

 ベルトーネ枢機卿は、バチカンの各種改革をベネディクト16世に「直訴」していたカルロ・マリア・ビガノ大司教を米国大使に「左遷」させています。

 この件についても、その後一切、続報がありません。

 バチカンの奥深くに巨大な策謀が渦巻いていることを予感させるのですが、マネーロンダリングに関する限り、主権国家であるバチカンが捜査に協力しないかぎり他国の当局では「絶対に立件できない」のです。

 これは昨年12月に、同じマネーロンダリングを巡って英銀大手のHSBCが19億2100万ドル、同じくスタンダードチャータードが6億6700万ドルの巨額罰金を、米国司法省などに支払うことで和解したこととは大違いです。

 マネーロンダリングとは、自覚していたかどうかはともかくとして銀行が「不正な資金」を受け入れると完成してしまいます。そしてその銀行を管轄する国家が捜査に協力しないと、永久に摘発できません。

 さらにバチカン銀行は、活動状況や財務内容などを一切公表していません。

 1970年代にも、バチカン銀行は総裁のアメリカ人・ポール・マルチンクス大司教を中心に、マフィアのマネーロンダリングをやっていたミケーレ・シンドーナや、アンブロシアーノ銀行頭取のロベルト・カルヴィなどと組んだ、大がかりな不正取引を行っていました。

 そして1978年8月に新教皇となったヨハネ・パウロ1世が、真っ先にマルチンクスらの更迭を行おうとしたのですが、その人事発表の日の未明に、ベッドの上で死亡しているのが発見されます。就任後33日目のことでした。

 このような事件では良くあることなのですが、司法解剖も行われず、死亡発見から3時間後に心筋梗塞による死亡と発表されました。問題の更迭リストはついに発見されませんでした。

 首のつながったマルチンスクは、その後もカルヴィらと不正な取引を続けるのですが、程なく「悲惨」な運用結果となります。まずアンブロシアーノ銀行が12億ドルの不良債権を抱えて1982年に破綻します。

 そしてカルヴィ頭取は同年6月17日の未明に、逃亡先ロンドンのブラックフライアーズ橋に吊るされているのが発見されました。アンブロシアーノ銀行の破たんで損失を被ったマフィアに殺害されたのです(当初の発表は自殺でしたが、他殺と変更されました)。

 ローマ教皇庁は、アンブロシアーノ銀行とは何も関係はないとしつつも、任意の援助金として2億5000万ドルを債権者に支払い、一切の口をつぐんでしまいました。

 「神の銀行」の闇は、今もとてつもなく深いようです。