国会議員の靖国参拝  その2

 昨日付け「国会議員の靖国参拝」に非常にたくさんのコメントを頂きましたので、あまり好きではない方もいらっしゃるとは思いますが、もう1回だけ続けます。

 コメントの中に「こういう話題になると妙に肩に力が入り、読者を納得させる前に筆をおいてしまっている」とのご批判も頂いています。確かにその通りなので、出来るだけ修正して書くことにします。

 本日(4月24日)、安倍首相が参議院予算委員会で閣僚の靖国参拝に中国・韓国が反発していることに対し「わが閣僚は、どんな脅しにも屈しない。その自由は確保している」と述べました。

 民主党の徳永エリ氏の「靖国参拝が中国・韓国に影響を与えたことは否めない。どう感じているか?」との質問に答えたものですが、日本の立場よりも中国・韓国の立場を優先させた「驚愕すべき質問」です。

 卑しくも国民の負託を受けた国会議員は、国内問題などで党や議員の立場をかけて争うことは当然としても、「オール日本」にかかわる問題で外国(中国・韓国)の立場を優先させることは絶対に許されません。

 また安倍首相が「(中国に対しても)A級戦犯が合祀されたとき、時の首相の参拝に抗議せず、ある日突然に抗議を始めた」と不快感を示しています。これはA級戦犯合祀が1978年10月17日ですが、その後も大平正芳鈴木善幸中曽根康弘の歴代首相が毎年参拝しており、中国も韓国も全く興味を示していなかったことを指しています。

 ところが1985年8月7日に、朝日新聞が突然「特集・靖国問題 アジア諸国の目」を掲載し、その中で「中国は靖国問題で日本の動きを注視している」と書いたのですが、当時の中国にはそのような動きは全くありませんでした。

 同年8月11日の人民日報は、首相の靖国参拝について「日本国内に(重要です!)」批判的な動きがあると伝え、続いて8月14日に中国政府は初めて「中曽根首相の靖国参拝はアジア諸国の感情を傷つける」と正式に反対表明を行いました。

 翌8月15日の終戦記念日には、中曽根首相は参拝したものの、正式の参拝とはいえない略式で誤魔化してしまい、その後は首相としての参拝は1996年に橋本龍太郎首相が1回、2001年~2004年に小泉純一郎首相が4回参拝しているだけです。安倍首相は前任時に参拝していなかったようで、今回も「真榊」の奉納だけです。

 経緯を正確に振り返っても靖国問題は、朝日新聞がわざわざ火をつけたことになります。韓国政府も中国政府に便乗し、現在に至っています。これは日本の報道機関としての「正常な範囲」を完全に逸脱しています。

 この辺りが「肩に力が入っている」と指摘されるところなのですが、そうでなくても国家としてのまとまりが希薄化している日本を考えると、「オール日本」と外国政府の問題については「断固として」まとまらなければならないはずです。

 それが今回は「靖国問題」だったのです。

 最後にA級戦犯合祀についての昭和天皇の「不快感」について書いておきます。

 確かに1975年を最後に、昭和天皇今上天皇靖国参拝はありません。それが靖国問題を「国内的にも」微妙なものにしているとも言えます。

 昭和天皇の「不快感」については、2006年7月20日の日経新聞に、1988年当時の宮内庁長官だった富田朝彦氏が昭和天皇との会話をメモした「富田メモ」の一部が、これも突然に掲載されました。

 その中で昭和天皇A級戦犯合祀について「親の心子知らずと思っている」と不快感を示された部分がありました。

 これは平成23年8月19日付け「次期首相の資質 その2」でも取り上げてあり、その時点では信憑性に疑問を投げかけているのですが、その後の各種調査から「どうも本物」のようです。

 そうすると昭和天皇は、いつの時点からかは分からないものの、A級戦犯の「犯罪」を決して許していなかったことになります。だとすると開戦や終戦に至る経緯なども含めて、歴史をさらに詳しく検証する必要が出て来ることになります。