戦後70年談話について考える

 安倍首相は本日(8月14日)、戦後70年談話を発表します。閣議決定を経て発表する「れっきとした」政府公式の総理大臣談話です。

 この談話については当初、1995年の戦後50年談話(村山談話)と2005年の戦後60年談話(小泉談話)にあった「「謝罪」を盛り込まない方向で調整されていたはずですが、フタを開ければしっかりと盛り込まれてしまいました。

 つまり日本は戦後70年たってもいまだに「国策を誤り、侵略戦争を行い、アジアの諸国に損害と苦痛を与えたことに痛切な反省とお詫びの気持ち(村山談話より)」を表明させられることになります。

 最大の問題は、こういう国際社会における日本の立場を明らかに損ねるような談話を、日本では野党各党だけでなく連立与党の公明党も、そして自民党の中にも多数いる親中派がこぞって推進していることです。

 こういう日本 対 海外という単純な構造において、日本ではなく海外(具体的には中国と韓国)の立場が無条件に優先され、それにほとんどのマスコミが何の疑問も挟まないという「不気味な国」が日本なのです。

 ここは中国や韓国を刺激しない方がよいという「安直な理屈」をつけるなら、もっと国民が納得できる説明が必要となります。また米国も村山談話・小泉談話の踏襲(つまり「謝罪」付きの談話)を求めていたといっても、それは韓国ロビーの献金と票をアテにする一部議員連中の意向をオバマ大統領が鵜呑みにしているだけで、全く気にする必要はなかったはずです。

 そもそも村山政権とは1994年6月に当時野党だった自民党が、連立与党第一党だった社会党党首の村山富市に(どうせ軽い神輿だからと)首相のポストを提供し、舞い上がった社会党が見事に一本釣りされて誕生したものです。

 実際は政権奪回のために村山を担ぎ出した当時の自民党幹部(具体的には竹下登野中広務ら)の責任ですが、当然に米国政府は突然現れた「社会主義らしい首相」を警戒して距離を置き(ここで有事があれば大変なことになっていた)、また村山も1995年1月17日早朝に発生した阪神・淡路大震災自衛隊を認めない社会党党首として出動命令を出さずに多くの国民を見殺しにするなど、村山政権とは戦後政治史で「日本国民を最も危険にさらした」最悪の政権だったことになります。

 村山談話もその最悪の1つで、最初は村山首相が個人として戦後50年の節目に談話を出すという話だったものが、発表直前に閣議決定しようということになり、あれよあれよという間に政府の公式見解とされてしまいました。

 閣議決定に持ち込んだのは時の官房長官だった野坂浩賢社会党)で、完全なる確信犯でした。かくして日本政府は公式に侵略戦争を認め謝罪させられてしまいました。もちろんその背後には時の自民党親中派がいて黙認したはずです。

そしてこういう政府公式の謝罪が一度でも出てしまうと必ず「次はどうした?」となり、10年後の2005年には小泉首相がほとんど村山談話を踏襲した小泉談話を発表し、そして今回またそれらをほとんど踏襲した安倍談話が出てしまうことになります。

 それでは今の日本に最も必要なアジア戦略(特に対中国戦略)とは、どうあるべきでしょう?

 現在のオバマ政権は全く当事者能力を失っているため、オバマ大統領の任期中の米国政府は全く頼りになりません。特に先日、ケリー国務長官南シナ海で中国が海を埋め立てて建設している軍事施設に対し「平和利用であれば問題ない」という、あきれるような弱腰発言をしています。

 つまり日本はすべて自分で中国と対峙しなければなりません。
 
 幸か不幸か、最近の中国は経済や金融市場が混乱しているようです。直近の株価対策や元安誘導をみても「はっきりと」あたふたしています。ここで日本は少しくらいの元安・円高で輸出競争力が失われるとか中国人観光客が減るなどと「細かいことを心配する」のではなく、もっと正面から硬軟双方で経済・金融問題を中心に中国と対峙するべきです。

 中国政府もさすがに経済・金融問題では日本の知恵も必要と考えているはずで、いつまでも卑屈に謝罪しているだけでは日中双方にプラスがないはずです。

 具体的にどうするか? は近々書くことにします。