これだけは言っておきたい安保関連法案

 安保関連法案は連休前の9月18日に参議院本会議で可決され、7月16日に衆議院本会議で可決されているため、これで正式に成立となりました。来年3月から施行されます。本日はこれに関して「どうしても言っておきたい」ところだけを前倒しで発信します。

 この安保関連法案とは、新しく作られる「国際平和支援法案」と、自衛隊法改正など10の法律改正案を1つにまとめた「平和安全法制整備法案」からなります。この改正される10の法律の1つである「武力攻撃事態対処法」に集団的自衛権の行使が新たに盛り込まれました。

 この集団的自衛権の行使が日本国憲法第9条に違反していると、大半の憲法学者、大半の野党議員、大半の大手マスコミ、どこの支援を受けているのかよくわからない民間団体等が喧噪しており、戦争法案とか徴兵制復活など全く飛躍した議論まで飛びだしています。

 本誌は以前から集団的自衛権とは、日本が国際社会においてまともな存在感を主張するために最低限(それでも最低限です)必要なものと主張しており、そのためには最低限のコストやリスクは負う必要があると考えています。

 そう書くとコメント欄には「ご批判」が並ぶと思いますが、いろいろ書いているとキリがないため以下の2点にだけに絞って「主張」します。表題にある「これだけは言っておきたい」2点です。

 まず1点目は、集団的自衛権の行使は憲法第9条に違反しているとの世論の大半の主張ですが、なぜ日本国憲法をそんな普遍的・絶対的なものと考えるのでしょう?

 日本国憲法は終戦直後の1946年11月3日に連合国が(実際は米国のことですが)、日本の軍国主義を封じ込めるために大急ぎで策定・公布したもので、施行は1947年5月3日でした。そしてその憲法第9条とは、どの国にも認められる国権発動である交戦権と武力の行使を禁じ、その目的のために陸海空軍および「その他の戦力」を保持しない(させない)と規定したものです。

 ところが日本国憲法とは、それで日本国民をどうやって守るのか?がどこにも書かれていない「いびつ」なものです。

 最大の問題は、終戦直後の連合国の占領下という異常事態の中で押し付けられた日本国憲法を、70年近くたった現在まで普遍的・絶対的なものと大半の憲法学者だけでなく大手マスコミや(実際はどれくらいの比率かはわかりませんが)国民が信じ込んでいることです。

 実際にはこの日本国憲法を押しつけた当の米国が1950年6月に朝鮮戦争が勃発すると、慌てて自衛隊の前身である警察予備隊海上警備隊を組織させており、早くもここで憲法第9条に明確に違反する「その他の戦力」を保持させています。これはおかしいと言っているのではなく、状況の変化をうけた自然なものだったと考えます。

 ところがそこから65年もたっても押し付けられた当の日本では、いまだに日本国憲法(とくに第9条)をまるでコーランのように絶対視していることになります。日本だけでなく何処の国にとっても憲法とはコーランではなく、憲法学者は(国民の生活がコーランに違反していないかを判定するだけの)イスラム法学者ではないはずです。

 状況に応じて弾力的に憲法改正を行い、それが制度的に困難であれば弾力的な解釈の変更を加えることは「日本国民を守るために最低限必要」であり、集団的自衛権の行使を含む安保関連法案は、まだまだ不十分ながら最低限必要なものがようやく備わっただけです。

 これだけ日本のすぐ隣にいる中国の軍事力が脅威となり、南シナ海では堂々と軍事施設を建設している中で、頼りないだけでなく中国には徹底的に弱腰のオバマ大統領(まだ1年数か月も任期がある)の米国だけを頼って、それで日本国民が安全であると考えるなら大変に「おめでたい」ことになります。

 少なくとも「今までと違って喧嘩もできるぞ」と見せる効果は、中国に対してだけでなく東アジア全域において決して小さくないはずです。

 「これだけは言っておきたい」2点目は、こう書くと「また陰謀論か?」と言われそうですが、決してそうではありません。

 今回の安保関連保安成立に至る反対プロパガンダの中には、安倍政権の弱体化だけでなく日本を「内側から分断させて弱体化させよう」とする海外からの(もちろん中国ですが、それだけでもなさそうです)工作がはっきりと感じられます。

 中国のインテリジェンス能力は経済運営と違って決して侮れず、日本の官僚組織(特に外務省)、政治家、マスコミなどに時間をかけて慎重に入り込みシンパを作り上げています。

 例えば集団的自衛権の行使が憲法違反であると騒がれ始めたのは、自民党推薦の憲法学者参考人として「違憲」だと発言してからですが、それでは何でわざわざ安倍政権がそんな憲法学者参考人に選んでしまったのでしょう?決して偶然でもケアレスミスでもその憲法学者が突然に考えを変えたわけでもないはずです。

 何か外部からの大きな力が働いていたと考えるべきで、その後の各種団体の行動も(全てとは言いませんが)同じように考えてみるべきです。これは必ずしも安保関連法案の否決あるいは廃案を目論んだものではなく、安倍内閣を弱体化させ日本を内部から分断化させるためと考えます。

 折も折、習近平総書記が本日(9月23日)から国賓として米国を訪問しています。誰しも「何で今?」と訝しがるタイミングですが、お互い内政に不安を抱える米中両首脳が何を密かに話し合うのか大変に気になります。

 日本および日本国民の平和は、日本国民自身がコストとリスクをかけて守るべきものです。日本国憲法の前文にある冗談のような「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して」では、あっという間に存亡の危機に立たされてしまいます。

 この「諸国民」は特定されていませんが、中国人も北朝鮮人もロシア人もISIS人(?)まで含まれるはずで、日本国民はその「公正と信義を信頼していれば」救われると日本国憲法には書いてあるのです。

 できるだけ簡潔にまとめようと思ったのですが、思いを半分も書かないうちにこんな長文になってしまいました。たくさんの「ご批判の」コメントをお待ちしています。