日銀のETF買入れの功罪

 日銀は7月29日まで開催されていた政策決定会合で、ETFの年間買入れを従来の3.3兆円から6兆円にほぼ倍増させました。日銀は白川総裁時代の2010年10月に資産買入等の基金を創設し、そこで年間4500億円のETF(別途500億円のRIET)買入れを開始し、徐々に買入れ額を拡大してきました。

 日銀は8月10日現在で8兆7762億円のETFを保有していますが、これは買入総額で時価総額は不明です。そもそも日銀は外国為替を除いて保有資産を時価評価していませんが、ETF日経平均が8~9000円台だった頃から買い入れており「それなりの含み益」になっているはずです。

 余談ですが、その買入れ方法はGPIFが大いに参考にすべきものです。下手な相場観は入れない方がいいのです。

 さてその7月の政策決定会合でのETF買入れ拡大は、8月8日に発表された政策決定会合の「主な意見」によると、おおむね「資産価格に働きかける緩和策が有効」と賛同されたようですが、これは金融政策の最終決定機関である政策委員会の審議委員の多数意見であるとするなら(そのようですが)心配になるほど無邪気な考え方です。

 このETF買入れ拡大については、証券界出身の佐藤委員と木内委員だけが「日銀の財務健全性と株価の公正な形成をゆがめる」と反対しましたが、これが正論です。

 日銀の金融政策とは、短期金利政策金利)を上下させるだけの時代から、短期金融市場に必要以上の資金を供給する、あらゆる年限の国債を大規模に買い入れることによりさらに大量の資金を供給するとともに金利水準全体を押し下げる、さらには政策金利短期金利)をマイナスにすることにより長短金利差(利鞘)を確保するなど、ますます過激になっています。

 

 ただこれらを市場への大量資金供給の手段と考えれば、本誌は現時点ではその過激な手段には批判的ですが、中央銀行の行動としてはわからないわけではありません。

 それではETF買入れはどう考えるべきでしょう? まさに賛成した多数の審議委員が主張する「資産価格に働きかける」は、中央銀行の役割として適切ではありません。

 中央銀行の役割の中に金融秩序の維持があり、例えば株式市場が壊滅的なダメージを受ければ適宜介入することは必要と考えます。リーマンショック直後にFRBMBS(住宅ローン担保付き債券)を中心に1.7兆ドルも買い入れたケースがこれに該当します。

 ただ平常時に単に「資産価格に働きかける」ことは明らかに中央銀行の役割から逸脱しています。これでは日銀が、マンション在庫が膨らんだらマンションを買い入れることと大差がありません。

 百歩譲って「市場への資金供給手段の多様化」と考えるなら、年間6兆円は明らかに中途半端です。これも今回の政策決定会合の決定は、資金供給増加額が年間2.7兆円しかないので大変に不十分であるとの「恐ろしくトンチンカンな批判」まで出ています。

 まあアベノミクスとは、いつまでたっても景気が回復しないため失敗であるとの批判をかわすためにも、せめて株式市場だけでも堅調にしておきたいとの願望はわからないわけではありませんが、明らかに本末転倒です。

 それではどういう弊害があるのでしょう? 円の発行体である日銀の資産内容はすでにヘッジファンド状態ですが、ETF国債と違って償還がありません。つまり日銀が「異次元」に買い続けている国債は、出口戦略(市場への売却)がなくてもいずれ償還になります。評論家が喧噪する将来の含み損についても償還まで頑張ればいいだけですが、その前に日本経済は簡単に回復しないので国債利回りが上昇=単価が下落することもありません。

 ところがETFには償還がないため、日銀は永久に保有し続けるか(買い増し続けるか)どこかで市場に売却するしかありません。このまま消費税が10%になる2019年10月まで年間6兆円を買い続ければ、その時点で日銀保有のETFは投資金額で28兆円くらいになり、2016年3月末時点のGPIFの国内株保有額(29兆円)と変わらなくなります。

 それでは日銀のETF買入れは、肝心の株価に対する上昇効果があるのでしょうか?これも8月11日付け「現代ビジネス」に、日銀のETF買入れは株価押し下げ効果しかないという「恐るべき記事」が出ていましたが、これはもちろん日銀は相場下落時にしかETFを買い入れていないからで、当然に長い目で見れば株価押し上げ効果となります。

 しかしこれは(とくに相場下落時に日銀が買い入れるため)市場がだんだん悪材料に鈍感になり、まさに現在の国債市場が陥っているように日銀の動向(買入れ)しか見ない、主体性のない株式市場になってしまう恐れがあります。

 真っ先に考えられることは、海外投資家の売却を日銀が「そっくり」引き受けてしまう構造ですが、内外の自由な相場観がぶつかり合う健全な株式市場でなくなってしまう弊害は決して小さくありません。
 
 まだまだ書き足りないので続編を書くことになりそうです。